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こんにちは!熱狂的巨人ファンのG魂です🔥
今回は「歴代巨人軍シリーズ」として、2004年の読売ジャイアンツを振り返ります!
2004年といえば、かつて他球団で4番を打っていた強打者たちが次々と巨人に集結し、「史上最強打線」と呼ばれた年です。
チーム本塁打はNPB最高記録となる259本を記録しながら、投手陣が崩壊して3位に終わるという、まさに「打高投低」を体現したシーズンでした。
是非最後まで読んでいってくださいね😊
👇この記事を読めばわかること
✅ 2004年巨人のシーズン成績・順位
✅ 「史上最強打線」と呼ばれた打撃陣の全成績
✅ チームを苦しめた投手陣崩壊の実態
1. 2004年巨人 シーズン概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 監督 | 堀内恒夫(監督1年目) |
| リーグ順位 | 3位(2年連続Bクラス) |
| チーム本塁打 | 259本(NPB最高記録) |
| チーム防御率 | 4.50(リーグ最下位) |
| チーム盗塁 | 25(リーグ最下位) |
前年オフに大阪近鉄バファローズを自由契約になっていたタフィ・ローズを獲得。福岡ダイエーホークスから無償トレード扱いで小久保裕紀が移籍してきたことで、2003年時点で在籍していた清原和博・江藤智・ロベルト・ペタジーニと合わせて、かつて他球団で4番を打った打者5人が一堂に会するという前代未聞の豪華布陣が実現しました。
この打線を長嶋茂雄終身名誉監督が「史上最強打線」と命名。まさにその言葉通り、チームはシーズンを通じて本塁打を量産し続けました。
苦戦したシーズン序盤
しかし開幕から投手陣が打ち込まれることが多く、4月は借金1の5位で終了。5月に入って一時首位に立つも、6月22日から中日との3連戦で3試合合計29失点という大炎上で首位を明け渡します。
五輪期間中の8月は選手層の厚さから巨人に有利と予想されましたが、結局8月も勝ち越せず。6月以降は首位を奪い返せないまま、2年連続で3位に終わりました。
2. 「史上最強打線」を振り返る
チーム259本塁打はNPB最高記録であり、2004年時点で歴代最多本塁打記録(現在もNPB記録)です。しかし100打点を記録した選手は1人もいなかったという、強力ながらもかみ合わない打線でもありました。
主要打者成績(my-favorite-giants.net確認)
| 選手名 | 試合 | 打率 | 本塁打 | 打点 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 仁志敏久 | 137 | .289 | 28 | 60 | 1番打者 |
| 清水隆行 | 135 | .308 | 16 | 60 | |
| T.ローズ | 134 | .287 | 45 | 99 | ベストナイン |
| 小久保裕紀 | 125 | .314 | 41 | 96 | FA移籍1年目 |
| 高橋由伸 | 109 | .317 | 30 | 79 | |
| R.ペタジーニ | 117 | .290 | 29 | 84 | |
| 阿部慎之助 | 108 | .301 | 33 | 78 | |
| 二岡智宏 | 91 | .269 | 9 | 49 | |
| 清原和博 | 40 | .228 | 12 | 27 | 怪我で離脱 |
| 江藤智 | 55 | .227 | 4 | 15 |
タフィ・ローズ、4年連続40号到達
近鉄時代に55本塁打のNPB記録を持つローズ選手が巨人で45本塁打を記録。8月22日の広島戦では4年連続40号本塁打を達成し、セ・パ両リーグでの40号は史上4人目という記録も達成しました。
チーム最多打点もローズ選手の99打点で、100打点まであと1という惜しい結果でした。
小久保裕紀、移籍1年目で41本塁打
膝に重傷を負ったまま無償トレードという異例の移籍にもかかわらず、小久保裕紀選手は打率.314・41本塁打・96打点という堂々たる成績を残しました。
仁志敏久、1番打者で28本塁打
2番打者や下位打線を打つことの多かった仁志選手でしたが、この年は1番打者として28本塁打を放つという驚異的な数字を記録しています。
5人の「元4番」が集結した弊害
清原・江藤・ペタジーニの3選手は怪我や不調で規定打席に届かず、チームの主軸として機能しきれませんでした。各球団で4番を張ってきた選手たちの「個人軍」的な側面もあり、打線全体の機動力は25盗塁(リーグ最下位)と極端に低い数字に留まりました。
3. 投手陣を振り返る
チーム防御率4.50はリーグ最下位。1点取れば1点取られる状態が続き、打線の爆発力を活かしきれませんでした。
主要投手成績(my-favorite-giants.net確認)
先発陣
| 投手名 | 登板 | 勝利 | 敗北 | 防御率 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 上原浩治 | 22 | 13 | 5 | 2.60 | チーム唯一の安定感 |
| 工藤公康 | 23 | 10 | 7 | 4.67 | 8月に通算200勝達成 |
| 木佐貫洋 | 31 | 7 | 8 | 5.03 | 先発・リリーフ兼任 |
| 林昌範 | 25 | 3 | 9 | 4.89 | |
| 高橋尚成 | 16 | 5 | 10 | 5.44 | |
| 桑田真澄 | 16 | 3 | 5 | 6.47 |
リリーフ陣
| 投手名 | 登板 | 勝利 | セーブ | 防御率 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| B.シコースキー | 62 | 5 | 5 | 2.67 | リリーフ陣の柱 |
| 岡島秀樹 | 53 | 4 | 5 | 3.09 | |
| 前田幸長 | 44 | 2 | 0 | 2.38 |
上原浩治、孤軍奮闘の13勝
防御率2.60・13勝5敗という数字は投手崩壊のチームにあって別格の安定感でした。しかしそれ以外の先発投手は全員防御率4点台以上という深刻な状況でした。
工藤公康、史上最年長記録で通算200勝
8月17日の対ヤクルト戦で、工藤公康投手が史上23人目・史上最年長(41歳3ヶ月)での通算200勝を達成。この試合では自身初の本塁打も記録しています。

4. チーム連続試合本塁打の記録
「開幕からの連続試合本塁打」で開幕33試合連続(日本記録)を達成。また「チーム連続試合本塁打」でも33試合連続(セ・リーグ記録)を達成し、日本記録の35試合(西武・1986年)に迫りました。
5. まとめ
2004年の読売ジャイアンツは、ひとことで言えば
「NPB最高記録259本塁打という圧倒的な打撃力と、投手陣崩壊の両極端なシーズン」
でした。
かつて他球団で4番を張った選手たちが集結した「史上最強打線」は確かにNPB記録を塗り替えましたが、投手陣が崩壊したことで2年連続Bクラスという結果に終わりました。
NPB最高記録259本塁打という歴史的な数字はこの年の巨人を象徴する記録として今も語り継がれています。
これからも「歴代巨人軍シリーズ」として様々な年度を振り返っていきます。次回もお楽しみに!
それでは、また別の記事で👋
⚠️ 注意事項: 本記事の成績データはNPB公式・Wikipediaをもとにしています。正確な成績はNPB公式サイトでご確認ください。
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